
日本に学ぶ癒やしと綺麗の智慧 ~美を紡ぐ人々 Vol.1 兵庫県・城崎温泉「西村屋」西村総一郎さんの考える、共存共栄の精神とは
SUMMARY
- ・日本のおもてなしの軸は、笑顔でゆっくり穏やかに、相手の心を察して行動すること
- ・一生助け合う 城崎温泉に息づく共存共栄の精神
- ・より城崎の食文化を気軽に長時間楽しめる仕掛けをつくっていきたい
兵庫県・城崎温泉 西村総一郎さん
株式会社 西村屋 代表取締役社長
にしむらそういちろう●1974年、兵庫県・城崎温泉の旅館西村屋に生まれる。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、アサヒビールに入社。2000年より家業に携わり、2011年11月から株式会社西村屋の7代目、代表取締役社長に就任する。“まち全体が一つの旅館”という考えが浸透する城崎温泉を、世界的な観光地にするためのリーダーとして、城崎温泉交通環境改善協議会会長、全旅連青年部部長、豊岡市基本構想審議会委員などを務めるほか、兵庫県立芸術文化観光専門職大学の設立にも携わる。座右の銘は至誠通天。趣味は、サッカーやアメリカンフットボールなどのスポーツ観戦。
世界中のホテル&スパ、各地に息づく健康や美のルーツ、文化を取材し続けている、トラベル&スパジャーナリストの板倉由未子さんが執筆するコーナー。
今年は、日本各地で、その土地を愛しながら身も心も健やかに生き、美を紡いでいるさまざまな職業の方にフォーカスを当て、その土地から学んだ知恵や明日を前向きに生きるヒントを紐解いていきます。
それぞれの方のお話から、その土地にも興味をもち、日本を一緒に旅してみませんか?
今回は、板倉さんが“優美かつ心温まるおもてなしが忘れられない宿”と語る、兵庫県・城崎温泉にある「西村屋」の代表取締役社長、西村総一郎さんへのインタビューです。
日本のおもてなしの軸は、笑顔でゆっくり穏やかに、相手の心を察して行動すること
板倉
城崎に生まれ育ち、故郷を離れ東京で過ごされた時期を経て家業を継がれた西村さんですが、城崎の地や家業への思いは、ご自身の年齢や時代の移り変わりとともに変化されていますか?
西村さん(以下敬称略)
城崎温泉は、この地に住む人々の弛まない努力によって、時を重ねるごとに磨かれてきたものだと思い、先人に感謝をしています。家業に関しても同じ思いをもっています。
私共においては、世代を越えてご利用いただく顧客の方が多いのですが、WEBやSNSが普及する中で、初めてお越しいただくお客様も増えてきたように思います。
近年では、いわゆる“映え”を求められることもありますが、私共は本物を追求し、必ず戻ってきたくなる宿、そして“西村屋に勝るものはない”という評判を生み出し、改めて“選ばれる宿”を目指していかねばならないと考えています。
私共の郷土展示室には“来客如帰”という書があります。
“お越しいただいた方には、家にいる時のようにくつろいでいただけるおもてなしをする”という意味ですが、まさにその精神ではないかと思います。
板倉
確かに、こちらを訪れると心地よく、ほっと安心できます。西村屋さんに受け継がれてきたおもてなしの精神について、もう少し教えていただけますか。
西村
本物を提供し続けるためには、しっかりとした教育が必要です。教育もひとつ誤解を生めばいろいと難しい時代ですが、スタッフのひとりひとりが“西村屋を選んでくださったお客様のために”と思えるか、そうでないかで違ってくると思います。
教育の先には、お客様を思いやる心が必ず芽生えてくるのです。
これが時代を越えて受け継がれてきた、私共のおもてなし精神“西村屋メソッド”です。
板倉
西村さんは、日本ならではのくつろぎ、おもてなしとは、どのようなものだとお考えですか?
西村
笑顔でゆっくり穏やかに、相手の心を察して行動をする、これが日本ならではのおもてなしであり、安心しておくつろぎいただけるサービスの軸だと考えています。
時代が移り変わり、地元出身の働き手が減少する中では、他の地域や場合によっては海外出身のスタッフも、今後増えていきます。
日本旅館である以上、ひとつひとつの言葉から手の先、表情まで、和の心の表現として、あらゆる所作の習得のための教育は必要だと思っています。世代や地域を越えて、いかに伝えていくことができるかどうかは、今後も肝になります。
板倉
関連施設を訪れる際に、必ずチェックされていることはありますか。
西村
気になるのは“お客様が快適に過ごせる環境が、きっちりと整っているか”ということです。まずは、きちんと声を出して、スタッフ同士でも挨拶ができているかどうかというのは必ず見ています。
バックヤードでも“元気・覇気・相手への思いやり”が無ければ、よいサービスはできないと考えています。
一生助け合う 城崎温泉に息づく共存共栄の精神
板倉
城崎温泉は、その情緒あふれる風情もあり、近年、外国人観光客からも高い評判を得て、さらなる賑わいをみせていますね。
西村
そうなのです。国内のみならず欧米圏を中心に、日本旅館や温泉文化に関心をもつお客様にもお越しいただき、城崎温泉の魅力が世界中に広がるようになってきました。
改めて、“城崎温泉あっての西村屋”という思いを大切にし、役割を果たしていきたいと思います。
板倉
“城崎温泉あっての西村屋”というのは、西村さんのモットーなのですね。
西村
そうです。他の旅館さんはもちろん、お土産屋さんや飲食店が繁盛し、まち全体で成功し続けなければ、西村屋の未来もないと考えています。
板倉
まさに“共存共栄”ということですね。
西村
おそらく、城崎で商売をしているすべての方に息づいている精神だと思います。それはみなが商売と同時に城崎を愛しているからです。
板倉
コロナ禍で、緊急事態宣言が発令された時も、城崎温泉は、いち早く足並みを揃えて休業されたと聞いています。非常にチームワークがとれているのですね。
西村
そうですね。どんな時代でも“共に乗り越えよう”、“助け合って生きよう”という精神をもてるのは、やはり我々、代々歴史を積み上げてきた地元の者です。それは、まちを守り続けてきた地域の人々や先人への敬意があるからなのです。
排他主義というわけではないので、もちろん外からの方でも、一生助け合うという共存共栄の精神をもち続ける覚悟があるというのであれば、いつでも大歓迎です。
板倉
大谿川沿いには柳の木が並び、石造りの太鼓橋がかかる城崎の温泉街。
このまちでは正装といわれる浴衣を纏い、人々は町をそぞろ歩いています。このノスタルジックな情景は、一度訪れた人にとって忘れられない光景です。
このまちに住む人々の熱い思いと努力によって、美しさが維持されているのだろうと推測できます。
西村
城崎温泉は開湯以来1300年余りの歴史がありますが、その長い歴史の中でも最も厳しい環境に置かれたのが1925年に発災した北但大震災の時だったと思います。
多くの方々が亡くなり、地震後の火災で、まちは全て焼け野原となりました。
当時、城崎町の町長を務めていた4代目当主の西村佐兵衛(曽祖父)や当時の人々が、全く無の状態から木造建築を中心としたまちを元の姿に戻し、更に次の50年、100年を考え再建したのが今の城崎温泉なのです。
板倉
7代目である西村さんご自身も、まちづくりの担い手としてご活躍されていらっしゃいますが、現在の取り組み、未来の展望について教えてください。
西村
城崎温泉の根源的な魅力は、外湯巡りやまち歩きだと思います。
このまちが持続可能であるためには、温泉街への車の流入を減らすことが必要だと考え、10年前から取り組んできました。
車の流入を減らすために必要なトンネルをつくる工事は一時中断していたのですが、根強い働きかけが実り、昨年から再開されました。
そして2025年には、北但大震災から100年を迎えます。その時に、トンネルが完成した後のまちのグランドデザインを指し示したいと思い、現在、城崎温泉の若手経営者の皆さんとビジョンづくりをしています。すっかり私のライフワークになっています。
より城崎の食文化を気軽に長時間楽しめる仕掛けをつくっていきたい
板倉
城崎温泉で、まだあまり観光客に知られていない、おすすめの癒やしスポットはありますか。
西村
雄大な自然を感じられるのは、来日山の雲海です。温泉街から車に乗り、約20分で山頂まで登れます。特に9月から11月の早朝には、遭遇できる確率が高いと思います。とても美しく、清々しい気持ちになります。
板倉
そんな場所があるのですね!今度、ぜひ訪れてみたいです。温泉街でくつろぐなら、駅前通りにある「短編喫茶 Un」もよいですね。ユニークなコンセプトと空間デザインで、居心地がよかったです。
西村
ありがとうございます。城崎温泉といえば、1913年に初めて志賀直哉が訪れ、その時の様子を短編小説にした『城の崎にて』が有名です。城崎温泉にとっての大恩人への想いもあり、2021年にこのカフェをつくりました。短編小説を中心に約3,000冊の書籍を所蔵していて、自由に手に取り読んでいただけます。もちろん、気に入った本があれば、購入することもできます。
板倉
西村さんが最近訪れた国内外の場所で、印象的だったのはどちらですか?
西村
スペインのサンセバスチャンです。まちがきれいですし、どこよりも食が充実していますよね。どのバルもおいしく、遅くまでオープンしているので、飲んで食べて満喫しました。城崎の楽しみ方としても、地域の食文化をもっと手軽に長い時間楽しめる仕掛けが、今後必要だと感じました。
板倉
私もサンセバスチャンは、大好きなまちのひとつです。城崎もまちが美しく、蟹を始めとした海産物、但馬牛、コウノトリ米、野菜や豆、本当になんでもおいしくて食が充実しているので、サンセバスチャンとの共通点を感じます。きっと、西村さんの頭の中で、いろいろなアイデアが浮かんでいらっしゃるのでしょうね。今後も城崎温泉から目が離せません!
今日はありがとうございました。
西村屋本館
創業160余年。城崎温泉の歴史と発展を象徴する純日本旅館
情緒あふれる城崎温泉街の中ほどにある「西村屋本館」。風格のある門をくぐり玄関に入ると、心が落ち着く白檀の甘い香りに迎えられます。
31ある客室からは庭園を望み、日本の静寂美に浸ることができます。2021年に誕生した新客室「本陣の間」は124㎡と広々としていて、広縁にある楕円形の窓からは城崎の山並みや温泉寺を望み、反対側にある、総ひのきの露天風呂からは、季節ごとに変化する山庭の景色を楽しめます。
さらに、調理場付きのダイニングルームがあるので、プライベートな食時間を満喫できます。
11月から3月は、城崎ならではの松葉蟹を会席仕立てで堪能できます。
温泉は部屋の浴室の他、さまざまな趣を感じられる3つの大浴場があり、ナトリウム・カルシウムー塩化物・高温泉のお湯は、肌触りがなめらかで、体が芯から温まり、湯冷めしにくいのが特徴です。
伝統と気品にあふれ、きめ細やかなおもてなしに癒やされるくつろぎの宿です。
近くには、森林に囲まれた5万坪の庭園を誇る、西村屋ホテル招月庭もあります。
https://www.nishimuraya.ne.jp/honkan/
アクセス:特急を利用し、JR大阪駅から約2時間40分、JR京都駅・三ノ宮駅から約2時間半。航路では、大阪国際空港(伊丹空港)からコウノトリ但馬空港まで約30分、そこからバス・タクシーで30分。
トラベル&スパジャーナリスト
板倉由未子
Yumiko Itakura
『25ans』などの編集者を経て現職に。世界を巡り、土地に息づく癒やし、健康、食、文化をテーマに、各メディアで五感に訴える旅企画を提案&執筆。政府の国際機関や観光局、企業主催のセミナーなどでも、スピーカーを務める。また、イタリア愛好家としても知られ、『イタリアマンマのレシピ』(世界文化社刊)を構成&執筆。また、日本政府観光局のグローバルキャンペーンでは、リラクゼーション分野の専門家として、日本の癒やしについて語っている。Expert Insights Go Deep Into Japan
photos & realization: Yumiko Itakura