日本に学ぶ癒やしと綺麗の智慧 ~美を紡ぐ人々 Vol.4 沖縄県・国頭郡金武町 Cafe がらまんじゃく 山城百今都さんが大切にする「なんくるないさ」の精神とは
SUMMARY
- ・ 命を育む料理を提供し続けた亡き母の店を受け継いで
- ・ 自然豊かで人と人の距離が近い━━今も昔も変わらない金武町がオアシス
- ・ ご縁を大切にコラボも楽しみながら、マイペースに進んでいきたい
沖縄県・国頭郡金武町
Cafe がらまんじゃく 2代目 山城百今都さん
やましろとまと●1992年北谷町生まれ。2009年11月に、先代の母・山城清子さんが“Cafe がらまんじゃく”を開業。大学生の頃から家業を手伝うようになる。2021年に先代が逝去。2022年4月から店を再開する。ウェルビーイングをテーマに、さまざまな分野のかたがたとのワークショップを企画するなど、新たな挑戦に取り組み始めている。趣味は沖縄空手や体を動かすこと。
世界中のホテル&スパ、各地に息づく健康や美のルーツ、文化を取材し続けている、トラベル&スパジャーナリストの板倉由未子さんが執筆するコーナー。
今年は、日本各地で、その土地を愛しながら身も心も健やかに生き、美を紡いでいるさまざまな職業のかたにフォーカスを当て、その土地から学んだ知恵や明日を前向きに生きるヒントを紐解いていきます。
それぞれのかたのお話から、その土地にも興味をもち、日本を一緒に旅してみませんか?
今回は、板倉さんが“生命力あふれる旬の島野菜と薬草、ノスタルジックな店の風情に癒やされる”と語る、沖縄県・国頭郡金武町にある「Cafe がらまんじゃく」の2代目、山城百今都さんへのインタビューです。
命を育む料理を提供し続けた亡き母の店を受け継いで
板倉
先代の清子さんは、沖縄に古来伝わる薬膳料理の文献を研究。沖縄の食材がもつパワーをご自身の身をもって体感しながらヴィーガン定食を提供し、人々から“沖縄の母”と慕われていました。残念ながら2021年に他界され、“もうあの滋味あふれる料理を味わうことができなくなってしまうのだろうか”と懸念しておりました。その後、百今都さんが引き継がれていると知り、ぜひお話を伺ってみたいと思いました。
山城さん(以下敬称略)
母が生前にお世話になり、ありがとうございました。母が亡くなって1年ほど喪に服し、2022年4月から少しずつ再開し始めました。
板倉
予期せず清子さんが亡くなられ、大変でしたね。以前からお店を手伝われていた百今都さんですが、もともと後継者になるつもりで働かれていたのでしょうか。
山城
いえ、何も考えていませんでした。母が一生懸命、この店を営んでいるので、家族としてサポートすることは当然だと思っていたのです。
板倉
百今都さんにとって清子さんはどんなかたでしたか。
山城
母は無邪気な人でした。人との触れ合いが大好きで、常にせわしなく動いて、お客様を自分の子どものように迎え入れ愛情をもって接するので、お客様も母に親しみをもってくださいました。料理に関しては、ここを開業する前にも那覇で食堂を営んでいましたので、もともとセンスや情熱がある人でした。
板倉
百今都さんはいかがですか。
山城
私は人見知りでのんびりしていますし、母とは違うタイプです。ですから、時にあふれる情熱のあまり、自分の許容量を超えて無理をしてしまう母を見守るのが役割でした。考えてみると、母娘が逆転したような関係でした(笑)。
板倉
百今都さんはまだお若いですが、冷静で落ち着かれていますよね。でも見た目や表情など、清子さんにそっくりですね(笑)。お店を受け継ぐ意志はなかったということでしたが、どのように気持ちが変化していかれたのですか。
山城
いちばん大きかったのは、お客様からのありがたい声です。母のことを大切に思ってくださるかたが多くて、“がらまんじゃくがなくなったら、沖縄へ来る理由がなくなってしまう”とおっしゃるのです。ここを訪れることが、旅の大きな目的になっていることを知り、とても驚いたのです。すでに兄は東京で働いていましたので、引き継ぐとしたら私しかいない。どうしようかと考えていたのですが、父が“楽しみながらやりなさい。助けるよ”といってくれました。その言葉に背中を押され、店を続けていくことにしました。私は考え方や趣向が父に似ているので分かり合えることも多く、とても心強かったのです。
自然豊かで人と人の距離が近い━━今も昔も変わらない金武町がオアシス
板倉
そもそも、先代の清子さんがこのお店を始められたきっかけはどういうことだったのでしょう。
山城
ある時、母は沖縄で小学生が脳梗塞で死亡したというニュースを耳にし、大きな衝撃を受けたようです。沖縄は長寿県、健康県といわれていますが、実際にはジャンクフードがまん延し、成人病や肥満に悩む人が増えていました。そこで“沖縄の人々の健康を守ってきた島野菜や薬草、伝統料理を伝えていかなくてはいけない”と母は一念発起したのです。金武町は父の地元だったので馴染みがあり自然も豊か。赤瓦と琉球畳の伝統的な家屋をつくりました。
板倉
金武町というと基地や飲食店のイメージを持たれているかたも多いと思いますが、ここは本当に静かですね。
山城
そうですね。この辺りは海も近いですが森に囲まれています。小学校では学年ごとに畑や田んぼをもち、農作業をしています。先生と生徒の関係も密接で、昔ながらの生活や習慣が保たれています。
板倉
この地域では、自然な形で食育が行われているのですね。そして、このお店は木の温もりにあふれ、庭を見れば沖縄の植物や薬草が生き生きと育っていて、ゆったりとした時が流れています。初めて訪れた人でも、おばあちゃんの家を訪ねたような懐かしい気持ちになるはずです。百今都さんにとっても、育ったここがいちばんのオアシスなのでしょうね。
山城
そうですね。沖縄の名所やビーチは美しいですがいつも観光客であふれていて、心が落ち着く場所ではないので、ここにいるのがいちばんほっとできます。
ご縁を大切にコラボも楽しみながら、マイペースに進んでいきたい
板倉
提供されている料理へのこだわりについて教えていただけますか。清子さんは“旬のもの、そして五味(甘味・塩味・酸味・苦味・うま味)をバランスよくとっていれば、人は健康でいられれるし、食べすぎたり太ったりすることもない”とおっしゃっていました。
山城
そうですね。五味をバランスよく盛り込むことは、いつも意識しています。私たちの営業日は金曜~月曜日ですが、他の日は、旬の食材を求めて本島の北へ南へ奔走しています。庭にある薬草も、ジュースや料理に使っています。そして、アレルギーを引き起こす可能性があるものはお出ししていません。例えば金武町は田芋の名産地なのですが、肌にかゆみが出てしまうかたもいらっしゃるので使っていません。
板倉
どんなかたも、安心して食べることができますね。実際にお店を再開されて、どんなことを感じましたか。
山城
母が料理をしている姿はずっと見てきましたが、具体的に料理の味付けを習ったことはありませんでした。それに、母はいつも目分量で料理をつくっていたので、当然レシピもないのです(笑)。ですから味の記憶を辿りながら、昔ここで働いていたスタッフやお客様に、何度もご意見を伺ってきました。
板倉
試行錯誤されている中で、新たな気づきはありましたか。
山城
母のおかげで、自然と体によいものが感覚でわかるようになったようです。生まれた時から、母は愛情を込めていつも出来立ての料理をつくってくれていたので、家には電子レンジがなく、化学調味料やインスタント食品もありませんでした。
板倉
ヘルシーで愛情たっぷりの食事を味わいながら成長できたことは、何よりの財産ですね。先ほど、百今都さんがつくられた“がらまんじゃく定食”をいただきましたが、お母さまの味も感じつつ、よりやさしくまろやかだと感じました。調理の上で心がけている点はありますか。
山城
母の時代、お客様の大半は地元のかたより、他の土地からはるばるいらっしゃる健康志向の大人の女性が中心でした。コロナの流行以降人々の健康への関心も高まったようで、最近では県内のかたや男性も興味をもって訪れてくださるようになりました。さまざまな年齢や人種のかたがいらっしゃるので、どんなかたにも味わっていただきやすいように、五味を感じながらも、私はできるだけマイルドに味付けをしています。
板倉
今はおひとりで調理されているのですか。
山城
はい。買い出しは父にも手伝ってもらっていますが、料理はひとりで行うほうが、私の性に合っているようです。そういうわけで、1日限定10食とさせていただいています。
板倉
以前伺った時には見かけなかった愛犬のかなさ(方言で愛くるしいの意味)も、お客様に愛されているようですね。
山城
母がいなくなり、不思議なタイミングでうちへ来ることになりました。なんだか、性格が母に似ているので、姿を変え見守ってくれているのかもしれません(笑)。
板倉
今後、新たに取り組んでいきたいことや夢はありますか。
山城
私の人生が終わるまでに、母が成しえなかった何かを実現したいです。例えば母より長生きする、死ぬまで沖縄空手を続ける、母より多く子供を産むなど、なんでもよいのです。店では健康をテーマに異業種のかたと、時々ワークショップも行っていきたいです。母はご縁のあったかたに支えられ、私もその恩恵でここまで進んでこられました。引き続きご縁を大切に、私にとっても相手のかたにとっても、楽しく有意義だと感じる機会をつくっていけたらと思っています。“なんくるないさ(方言でどうにかなるさの意味)”の精神で、少しずつ実現していけたらよいと思います。
板倉
先日、ご友人の産婦人科医さんと赤ちゃんの離乳食に関するワークショップを行われたとか。今後のコラボレーションも楽しみですね。気負い過ぎることなく、ご自身のペースで進まれている百今都さんの様子を拝見し、頼もしさを感じました。より若い世代のかたにとっても、訪れやすい空間になっていきそうですね。そして、百今都さんのお料理が今後どのように進化されていくのかも楽しみです。今日はありがとうございました。
Cafe がらまんじゃく
医食同源、食の大切さを提唱するくつろぎの古民家カフェ
2009年11月、沖縄本島の中央部東海岸に位置する金武町にオープン。昔ながらの技法で建てられた築30年あまりの古民家で、沖縄の伝統的な島野菜や薬草づくしの「がらまんじゃく定食」(10食限定・¥3,500)などを味わえます。滋味豊かで浄化を促す料理は、まさに、沖縄でよく耳にする、“ぬちぐすい(母親の愛情や料理、人々への思いやり、心を潤わせるものの意味)” 。2022年4月から、2代目となる山城百今都さんが店を引き継いでいる。
https://garamanjaku.com/
アクセス:那覇国際空港から車で約75分。
トラベル&スパジャーナリスト
板倉由未子
Yumiko Itakura
『25ans』などの編集者を経て現職に。世界を巡り、土地に息づく癒やし、健康、食、文化をテーマに、各メディアで五感に訴える旅企画を提案&執筆。政府の国際機関や観光局、企業主催のセミナーなどでも、スピーカーを務める。また、イタリア愛好家としても知られ、『イタリアマンマのレシピ』(世界文化社刊)を構成&執筆。また、日本政府観光局のグローバルキャンペーンでは、リラクゼーション分野の専門家として、日本の癒やしについて語っている。Expert Insights Go Deep Into Japan
photos & realization: Yumiko Itakura